2010年8月4日水曜日
期間中の政見、かんがえ③
国民の多くは現状をご存知です。未来の予測もそれなりにされている。ただ、現実感をもって予測するとき、各自の見解と対応策は大きく異なるようです。期間中の私は、どんどんと悲観論者となっていきました。元来が、国を憂うところからのあきつ新党の立党ですから多少の悲観はありました。選挙を通じて知ったことは、重大、重要なことごとが、国民に共有されていないということです。また、マスコミや、ジャーナリストの方々の対応が、高度になりすぎている、もしくは基本をないがしろにしている、傾向が原因ではないかと思いました。900兆円に迫ろうとしている国債の意味を、どれほど国民に知らせているか?税収の倍のお金を国家は必要としている、その傾向は20年続いている。少子高齢化は始まったばかりである。国際競争力の低下は速度を増している。若者、30歳以下の就業はどんどんと不安定になっている。にもかかわらず、すべての政党は、社会保障の強化を、声高に主張し、だれも増税は口にしない。税制改革を言わない。国難を国民に訴える姿は見当たらない。だから、選挙が終われば、みなが、選挙時とは異なる施策を行わざるをえない。『そんなことは、常識です。言ったことと、行うことは、異なるのが常識で、それが政治といううものです。』と、達観している。この、達観が、日本を危機に、おとしいれるに違いない。これは、達観ではなく、知ったかぶりであり、愛も覚悟を伴わない≪戯れのコトバ≫だと思うからです。
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