2012年5月26日土曜日

あと一年と少し

来年は参議院選挙の年であと一年と少しである。今度こそあきつ新党から国会議員を出し国を変える。現状の日本は本来の力を全く出せていない。根本原因は日本の歴史伝統国柄を全く無視した戦後の体制にある。国民の多くが戦後の社会体制の中で誤った人生観、人間観、価値観 社会観を持ってしまった。いいえ、そのように仕組まれたといってもいいかもしれない。あやまった民主主義の教育がなされたこと。戦略的な共産主義者の罠にはまったこと。過度の商業主義による商品希求物質欲を蔓延させてしまったこと。現在に至るまで70年間そして今もまだその状況は継続されている。一方で国家を復興しようという勢力。他方国家を復興させまいという勢力。革命を仕組む勢力。そのような組織の価値観を押し付けようと社会全体が各自に働きかけた時代であるといえる。自己を含み人間とは何かと深く問うことはなかった。教えることもなかった。人間愛とはなにか?家族愛とは何か?地域愛とは何か?国家愛とは何か?教えることはなかった。宗教は否定された。国家は倒すべき存在である。一方で金儲け、一方で革命が最重要な概念として流布していったこの70年であった。そのようなことが70年にわたり実行されてしまえば人も国も持つはずがない。いまそのまっだだ中にいる。何のための金儲けなのか、何のための革命なのか?一切が不問である。そこには、愛はない。欲があるだけである。自己は自己中心の自己だけがいる。愛すべき存在がないので、相互に愛を知らない。で根本が崩れている。国民総崩れの中にあって再興のためには正しい自己の認識からであろう。あきつ新党は正しい自己認識を促しつつ歴史伝統を学んだ民主主義政治を行うものである。

2012年3月26日月曜日

あきつ新党の方向⑥

世界のリーダーとなり、国際的貢献を進めよう。日本人が、もっとも努力家であろう。日本人がもっとも勤勉であろう。日本人がもっとも、協調性と、寛容性を持ち合わせた者となろう。この豊かな国土と歴史を有することに感謝し、そこに住していることに感謝し、世界に貢献しよう。かつて、大東亜共栄を唱えたが、今こそ世界共栄の礎となろう。1985年に日本はその可能性にもっとも近づいたが、高い理想を失い、私利私欲に走った。我々は天皇制、天皇を有する幸いな民である。天皇制、天皇は我々民族の英知の結晶であり、英知の源である。稲穂の国日本は、幸いである。豊かな水をもち、豊かな海を持ち、豊かな山々を持っている。木々は多くの命を生み出し、育む。多くの人類の英知をしっかり学ぶ気風に満ちている。これもまた、地球のこの位置にクニを得たたまものである。単なる民主主義に陥らずにここまで進めてきた。この日本式を世界に広めようと思う。すべては、天皇制、天皇に象徴されている。

akitu

2012年3月25日日曜日

あきつ新党の方向⑤

来年の、参議院議員選挙には、あきつ新党は、全都道府県から、立候補者を立てる予定です。今年、5月からは、全国を遊説で廻る計画です。一歩一歩、進めます。小さな政府に徹しきる。真正保守政党に徹しきる。この2点です。真の支持者による国民の10パーセントを超える安定した党員数を目指します。各都道府県に支部を開設します。半農半漁があるように、あきつ新党の、政治家は、半政半業と称して、自営業を営む方向の方を歓迎します。各市町村において、あきつ新党の党員として、市議、町議、村議に立候補願いたいと思っています。もちろん、都道府県議においても、その計画です。

2012年3月10日土曜日

あきつ新党の方向④

まったくもって、嘆かわしい事態です。3月11日を明日に控え、日本の政治は全く機能していない。国政ばかりではない、県政、市町村政に至るまで、『反権力』をうたえば何とかなると思っているかのようである。野合集団としか言えない。税に群がる野合集団国家である。こんなことでは、せっかくの、歴史、伝統が、埋没する。ここしばらく、すべての政党、政治家が、橋下新党に、群がり、先を競って、ごまをすっている、まさにすり寄るとは、このことである。民主党は、小沢氏までが、同じである。自民党は安倍氏までが、すり寄っている。みんなの党も、公明党もである。やがて、痛い目を見るであろう。まったくもって嘆かわしい。あきつ新党は、真正保守政党を、目指します。

2012年2月23日木曜日

あきつ新党の方向③

危機は、国民に共有されてきている。日に日に、現在の政治の弱体が認識されてきた。今までならば、官僚が何とか、しのいできたのかもしれないが、その官僚も、力量がないことが明らかになってきた。ながらくつづく野合政党、野合政治の前に、嫌気がさしてきているのが、本質であろう。ある被災地では、12.5メートルの防波堤が数キロにわたり建設されることとなった。国は、認めるのだろう。これが、政治といえるのか?数百キロにわたり津波に襲われたが、すべてのところに、12、5メートルの防波堤を造るのだろうか?それは、また、税でなされるのは間違いないのだろうか?ならば、もっとも建設しなければならないのは、東京であって不思議でない。国土の保全の方針がない。責任を放棄している。一時期、15.5メートルの案もあったが、3メートル下げた。被災地の気持ちをわからないではないが、政治はこれを乗り越えるためにある。一事が、万事といいたくはないが、何億、何十億の税が投入されるのであろう。それのみかその保守の費用はどうなるのか。おそらく、その地域の市、県、国税のほとんどを投入することになる。無責任極まりない決定やもしれない。政治の指導性は、大衆迎合の反対にある。未来を見据えた発展にある。日本にはびこっている社会主義的、共産主義的思想は、10年、20年では、取れないだろう。無意識、あるいは無自覚の中に溶け込み判断を支配している。占領軍の意思と、共産主義の意思が、相乗して、戦後の日本を弱体化した。いま、まさにそのことが、表出した。戦後教育を受けたものが、たわいもない経済主義者が、リーダーとなり経済をも、国をも、滅ぼそうとしている。危機を共有しようとも、真の原因を再確認し、野合政治、野合政党ではなく、純粋政治、純粋政党でなければこの危機を乗り越えることはできない。唐突ではあるが『やまとマキムク』と呼ばれる遺跡が発掘研究されつつあるが、この、考古学的研究により、2000年以上前から、日本が大切にしてきたことが、明らかになりつつあることを学びたい。寛容と勤勉、協調と努力。一致団結による国防と先祖の崇拝である。

2012年2月19日日曜日

あきつ新党の方向②

充分豊かな国、日本ではあるが、この25年の停滞、低迷を座視するわけにはいかない。なぜ、成長が止まったのか!真の原因を確認し、今後いかなる方向に、注意をはらい、日本を盤石の態勢にと進めるべきかを決するときである。震災の復興という大事があるが、国家的、長期的展望において、最大の課題は中国である。国家100年の計にとって、中国14億人の国との関係こそ最大の課題である。長期的に見て、さらに、短期的に見て、『共産党の解体と中国民主化を支援する。』さらに経済は『人権企業とのさらなる連携』であると思われる。中国国民との、率直な対話こそが基本となる。一人ひとりの、中国人に対して、100年がかりで、『日本を正しく理解』させることを、国是としなければならない。世界はそのことを日本に期待しているに違いない。また、期待するようになるに違いない。中国国民、一人ひとりが、日本の理解のもとに、『共産党の解体、中国民主化が、スムーズに進んだ。』と、認識してもらえるかどうかである。中国という国家を否定するのではなく、また国民を否定するのでは当然なく、『中国共産党の過ちと非民主的傾向を指摘』することが、重要である。論理的説得と同時に、実力的整備の両面戦略の、実行である。正しい発言と核爆弾の保持は必須である。『肉を切らせて骨を断つ。』この覚悟なくして、対中戦略はない。命がけの、説得に努めなければならない。さもなくば成功はない。核装備において、米国を説得することは、それほど困難なことではない。中国共産党を前にして、米国は今後恥辱の外交となるであろう。日本に協力を求める時が、くるに違いない。天皇を軸とする、『歴史、伝統、文化の国、日本』は、平和を愛し、勤勉と寛容、自制と協力の国民であることは、今次震災への国民の対応を見て、世界の人々の認めるところである。人種、民族の入り混じる米国との信頼関係は築くことはできる。いま、充分豊かな国ではあるが、これからの、100年、200年を見据えた時、このままでは、ならない。特に、この25年の停滞と、少子高齢化、人口減少期の今後の25年が、もっとも、重要な時期である。危機は近年最大かもしれない。わずか150年前に明治維新で国難を乗り越えた、そして70年前、歴史、伝統、文化のたまものである天皇制、並びに天皇陛下ご一人、で、第二次世界大戦の敗戦の危機を乗り越え、その後の、国民の一致団結で、1985年の繁栄を築いてきた、その後の、政治が、全くなっていない。25年に及ぶ野合政党の歴史である。第一次中曽根内閣でおしまいである。吉田内閣に始まり、中曽根内閣までの、政治は、実は、だれの政治であったのか、吉田内閣の開き直り、岸内閣の確信、佐藤内閣のバランス、田中内閣のばか力、中曽根内閣の知識までが、純粋政党、よくも悪しくも、純なるものを、持っていたのではないか。国民も鉈、走り続け名誉を取り戻さんと頑張った。第二次、第三次の中曽根は虚心坦懐を失い傲慢と野合の延命さらなる、竹下内閣への誤った禅定となる。以後は、政治が野合の既得権益へと走る。竹下総理、宇野総理、海部総理、宮沢総理、以下、細川、羽田、村山、橋本、小渕、森、小泉、安倍、福田、麻生、鳩山、管、野田と続く、、、。野合の政党、野合の政治である。今こそ、純粋政党ををもって、国に背骨を入れなければならないと思う。あきつ新党の方向である。あたらしい時代が、始まっている。

2012年2月17日金曜日

あきつ新党の方向①

財政再建の旗手野田総理は消費税増税と社会保障を一体としてとらえ突き進んでいる。この路線は経済の再建につながるか、つながらないかで、国運は左右される。もし、つながらないとなれば、最悪の法律を通すことになる。25年の長きにわたり日本は低迷している。真の原因は既得権益の主張である。日本のあらゆるところで既得権益を意識しあるいは無意識であろうかもしれないが構造の改革が阻止されている。歴史、文化、伝統を大切にするということと、既得権益を主張し保守することとは異なる。農業、漁業、工業、商業、医療、不動産、金融、情報、官僚、公務、組合など、すべてである。この既得権益集団が、野田総理の愚かなる生真面目さをたっぷりと利用している。目を、中国、米国、新興国に移せば、いま、危機は明らかである。国家として、日本として、明治維新前夜、元寇の役前夜、大化の改新前夜に匹敵する状況である。至宝の国、日本はさしたる内乱、侵略もなく、2000年、4000年を送ってきている。海の向こうで起きる様々な変化をしっかりと吸収し豊かに暮らす工夫を凝らしてきた。ある時は卑弥呼と呼ばれる古代のトップが、ある時は聖徳太子が、ある時は北条時宗が、ある時は勤王の志士がそしてある時は昭和天皇が危機を脱してきた。1271年に元王朝(フビライ)が、成立したとき翌1272年には時宗はただちに鎮西御家人に要害警固を命じている。それからやく10年国難が続きまもりとおした。それにしても10年である。今日の25年の停滞は大変長い停滞である。こんご、10年停滞すれば、国民は大変な苦労をすることになる。25年停滞すれば、元寇の役、幕末の危機以上の危機になると思われる。いま、石原新党、橋本新党、を軸として自民党、民主党、みんなの党、公明党の野合政党の再編が行われようとしているが、日本の歴史、文化、伝統を生かし、さらなる発展をリードできるようには思えない。そこに、歴史観、産業史観、人類的生命観を感じない。いま、1700以上前の都、神殿、と思われる、『大和、マキムク』の静謐な遺跡の発掘が行われているが、さらにさかのぼる2670年、さらにさらにさかのぼる日本の恵まれた国土に住む我々は、改めて自らを省みて、国を守り、発展させなければならない。あきつ新党はそれに取り組む。憂国の志を真にもつ、あきつ新党たらんとす。

2012年2月4日土曜日

新自由主義の復権

2011年8月25日に初版が出て、2011年12月25日に第3版が出た『新自由主義の復権』という八代尚宏氏の本がある。中公新書である。日本経済研究センター理事長を経験された方である。日本が選ぶべき経済上の停滞を脱するには、きわめて参考になる。石原新党は、この新自由主義の思想をまとったとき真に、日本の復興、新維新を果たすに違いない。あきつ新党は、この路線である。もともと、日本の発展期は、常にこの方法を取りいれてきたのではないかと思う。だからこそ、今の日本があるといえる。『機会均等の公正さ』と『格差原理』に元ずく、正義論が、展開されている。もっとも不遇な人々の所得を引き上げる施策が説かれている。日本の歴史、文化、伝統の中には、あったように思われる。

石原新党の方向性。

2月3日の、産経新聞によれば、石原新党は、『軍隊保有、核兵器シュミュレーション、グローバリーゼーション、地球市民社会の否定、一国一文明日本、日米同盟の深化強化、防衛産業の育成、南西防衛戦略推進、天皇男系存続のための法整備、平成教育勅語、単院制、首相公選制、政府紙幣100兆円発行、国家財政の複式簿記化、国家公務員三分の一削減、2040原子力発電廃止、比例税制』、などを、発表した。ほぼ、あきつ新党と一致している。ありがたいことです。規制緩和による、新自由主義路線、小さな政府路線は、どうなったのだろうか?こに2つがない限り経済の復興ができそうにない。平沼さんの、郵政民営化反対との問題が残っている。亀井さんとも同様である。2番目に重要な経済問題が、不一致ならば、石原新党の意味は、半減する。たんなる、復古主義的政府となり、増税は、さらに続くと考えられるが、なぜ石原新党は、表明しないのか?欺瞞が残る。平沼、亀井両氏は、これゆえにマイナー政党であった。肝心なところでは、方向を濁すならば、実務の運営は、できない。増税政党とみなすべきだろう。その意味で、社会経済理念がない、大きな問題が残る。なんとか、クリァさせてほしい、亀井、平沼両氏を切っても、意味がある。

過保護、保身、既得権益、と税

過保護による弊害、保身による弊害、既得権益による弊害、などの弊害の対策なくして増税はあり得ない。痛みを伴う国家改良の方向を見出さないままに増税路線を突き進んでいる。今こそ野党自民党は民主党に対し知恵による闘争を望まなければならない。しかし、圧倒的なマスコミの大衆迎合力に負けて、与野党ともに、迎合政党への道を突き進んでいる。国家、国民への真の責任を持たないままに増税路線を突き進めば、日本は滅びる。断固、現状の増税を許してはならない。あらゆるところで成長の可能性を秘めながら、弱者救済の美名のもとに、既得権益とともにあるいは、保身とともに政治を呈させている。

2012年2月3日金曜日

核武装について

今、核武装方針を打ち出す。イランが核武装することを見るにおいて、日本も核武装を検討すべきである。少なくとも、今こそ核武装の方向を打ち出すべきである。アメリカとも、充分に議論して、核武装を容認させるべきである。アメリカ、ロシア、中国、イギリス、フランス、インド、パキスタン、北朝鮮、イラン、イスラエル、これらの国が、核武装をしている。ドイツ、日本がその能力がありながら、おそらくイタリアもだが、核武装をできていない。70年前の敗戦国群である。ブラジル、インドネシア、が核武装する日は、遠くないだろう。1868年が、明治維新である。終戦が1945だから、維新から78年だ。終戦から78年と言えば、2023年になる。日本は、2023年に核武装を完了して、やっと明治維新の日本に立ち戻れると言っていい。78年かけて成長し、戦い、敗れ、そののち78年で普通に戻る。もしくは、2023年までに世界の運営の新たなルールを構築する必要があろうというものである。少なくとも、核の管理を、武装10ヶ国から、独立させる必要がある。公平なる管理である。おそらく、10年、20年では考えられない。さらに、今後核兵器の小型化は、ますます可能になる。いいえ、既に完成していることだろう。いま、中国とインドは、全面戦争はできない。核があるがゆえである。自尊心を持ち自国のことを自国が決めることができない状況を一日も早く脱出する必要がある。アメリカにゆだねるばかりでは、成り立たない。特に中国の経済が2023年にいかなるものになっているかを考えたとき必須でえある。場合によれば、経済規模において、アメリカは、中国に劣っていると思われる。このとき、日本は中国にいかなることで、侵略、妨害されようとも、耐え忍び、全面戦争に陥らぬように、自滅の覚悟の暴挙に走らぬようにしながら、中国の成長を、精神的、文化的、政治的、成長を待つゆとりが要る。世界の理解を導きだす時間稼ぎが必要となる。それには、軍事力、軍隊の強化意外に無い。わずか、10年後のことである。現に、経済危機を前に、既に、ヨーロッパは中国に秋波を送らざるを得ない。キリスト社会は、マホメット社会を前に、中国に譲歩をせざるを得ない。アメリカといえども、3億人弱の国と、14億人の国では勝負にならない。中国が目覚めることができるかどうか?不明である。中国の暴走が無いことを信じて国を運営するわけにはいかない。100年、200年の計を図るに、今こそ核武装方針を出さなければならない。大衆迎合の野合政党の中で、国がら、国体を考え、国づくりを今しなければならない。国民の真の憂国を結集する政党があきつ新党と考える。

2012年2月2日木曜日

真部防衛省局長の騒動

宜野湾市長選挙で現職、沖縄防衛局長が、職員を集めて『講和』をした。サイレント市民をなくそう、ならば自衛隊をはじめ現防衛省の評価をよしとするに違いないと思ったのではなかろうか。いわば、移転に賛成となるだろうと思ったのだと思われる。あえて、だれそれが、いいとは、言わないでもわかるだろうとの、判断かとおもわれるが、、。さて、このことを、自民党はどのように対応するのか?民主党はどのように対応するのか?はたまた、他党は?独善主義の共産党、公明党は、公式どうりに、批判をするのが、当然であろう。だが、みんなの党は、どうか?たちあがれ日本はどうか?あきつ新党は、まず、局長はよくやった。と評価する。ぎりぎりのところで踏みとどまり、省内に現状の防衛を話し、可能な限りの防衛省に支援を欲しいと思ったに違いない。厳密に公務員法にうんぬん、の、考えもあるで、あろうが、この重大な時期に、国民に総意をたずねたくは思うのはいいのではないか。   問題は、このことを、すべての『マスコミが異常に反応する』ことの方にあると、危機感を持つ。現在の日本の状況を考えれば、もっとも重要なことは、反日教育を展開する中国共産党存在に対する、日本の国防だ。中国共産党ならびにその党の軍隊である解放軍が、強化される中に、日本の国を守る体制の整備であろう。そのことを『異常に報道しない』マスコミが、この局長の愛国心をこれでもかと叩く姿勢に『日本の、現マスコミ体制』の危機を感じる。表面的な、軽薄な、批判精神をぎょうぎょうしく述べる前に、より優先すべき批判精神があってしかるべきだと思う。百歩譲って、この局長を処分することをやむなしとするならば、『自民党も、民主党も、マスコミも、自己の処分もっさと見せて欲しい。』  我々、国民はもっと反省しなければとは、思うが。些細なことに、興奮するのは、些細な人間なのだろう。あきつ新党は、たとえ10パーセントであろうとも、しっかりした国民とともに進みたく思う。

2012年1月28日土曜日

何がおきているのか?

国民新党、亀井氏は、破れかぶれの政界乱しに打って出ざるを得なかった。機をみて敏、隙間にテコを差し入れることで生き延びてきた氏は、平沼氏を利用した。石原氏、平沼氏の保守本流意識に火をつけて、政界シャッフルを持ちかけ、石原氏の憂国の志を揺さぶった。人気の橋下氏が、今次選挙において、大阪護国神社に参拝されていることから、憂国の情は、わかろうというものであるから上手に利用したのかとうがってしまう。しかし、今日あきらかになったようだが、みんなの党の合流はいかなる伏線によるのか?さらに、民主党、自民党落選組が、合流をして70人、80人にならんとしているそうだ。石原氏は何をもって結党の志とするのか?そもそも、亀井氏の話に乗ったことからが、あやまりではなかろうか。憂国の政党には最もふさわしくないのが氏ではなかろうか?マスコミに追い込まれてさすがの石原氏も軸を失うことがあれば、日本はますます、奈落の底を味わうことになりかねない。はっきりしない、自民党、ごった煮の民主党、時代遅れの共産党、公明党は別物、そして『みんなの党が合流した第3軸石原新党』いったいなにがおきているのか?国民の選択は可能なのか?まさに、全政党が『呉越同舟、玉石混交』国策は自利をもってのみなされる。、、、、、わが国民には、憂国の徒も多くいるはずです。どうか石原氏が、たとえ20人、30人であろうとも、真の憂国の志ある方々と新党を立ち上げられんことを祈ります。靖国神社参拝。軍隊の復興。小さな政府。法人税減税。消費税増税。国際貢献。なんとか、よろしくお願いしたいものです。そのことを踏まえたうえでの同志の結集をされたならば必勝だと思う。そして日本に新しい軸が生まれる。いま、日本に必要なことは、熱くなって、己を捨てて、人のために働こうという人材の結集である。自分の立場に利益をもたらすがゆえにその政党、政治家を選ばんとする勢力に立ち向かう勢力の結集である。国家を優先する政党、それが、石原新党であってほしい。あきつ新党は、そうします。

oosaka

石原、亀井、平沼新党構想について

無いよりは、あった方がいい保守新党だが、またぞろ選挙のための合同となるだろう。石原知事は党首にはならないと思うが、もしなったらおしまいです。有終の美を飾ることは無いと思う。そもそも、亀井氏に誘いを受けて乗り出すようなら、出ていかないほうがいい。中途半端な選択です。靖国神社の参拝を軸にするならば意味が違ってくる。自民党と連立して靖国神社に参拝する総理を選び真の保守を創るならば、自民党からも出て行く人は出て行き、民主党からも入ってくる人は入れる。これならば、様子が違う。日本の新しい出発となるだろう。石原氏はその一線をもって新党を作るべきだろう。つぎの軸は小さな政府か、おおきな政府かが、重要です。楽しみな未来です。あきつ新党は、小なりとも独自に展開します。

2012年1月26日木曜日

施政方針演説をよんで、

『アジア太平洋への玄関口として大きな潜在力を秘め、本土復帰から40周年を迎える沖縄、、』千キロ離れた島を玄関口といってのける、リップサービスなのか、、玄関口なる言葉をしらないのか?、、はたまたいかに、太平洋を理解すべきか?   この程度の思考の深さならば、他の内容が、大きな意味を持っていたとしても、真の意味を深めないままに、政治をすすめていると思わざるをえない。日本の危機についても、同様ならば、誠にゆゆしきことです。

180回国会、施政方針演説を読んで、

悲しいかな、まず国語になっていない。そして、一国の首相というよりは一国会議員レベルの発想のように思える。国を支える気概、知力を感じられない。情けない。一体、民主党はどのような判断で野田さんを党首に選んだのか?おそろしい無責任ぶりではなかろうか?その、一番は、『まず カイ より始めます。』とのフレーズ。こんなばかな使い方は、高校生でもするものは少ない。つまらぬ一事をもって責めることは恥ずかしいことだが、ここまでいくと、あきれるはかない。わたしも、大したことはないが、ことばは、理解した言葉を使うべきだろう。まして、年初の施政方針演説である。    野党もまた、同じ、、、。

2012年1月25日水曜日

2012年1月22日日曜日

戦後の教育について

戦後の教育による影響を考えるとき、1950年、1960年、1970年、1980年、1990年、2000年、2010年と列べ、各自の小学校、中学校の時期が、どこに当たるのか?1948年生まれの私の場合は1952年から1961年の9年である。1960年安保が、大きく影響を与えている。ベトナム戦争の時は高校、大学生、70年安保もその前後となる。朝鮮戦争は、1950年6月から1953年7月までです。日本は1945年8月に終戦1952年GHQから、独立。今から思えば反米が誰によってリードされてきたのかは、極めて重要です。共産主義者と国粋主義者の結果的合作とも言えないこともありません。ここでは、朝鮮戦争こそ、しっかりとらえるべき戦後の出来事で、数百万人死者が出ています。武器が近代化されたことが大きな原因です。あの広島の不幸の10倍以上の不幸が、3年で起きています。朝鮮戦争はあきらかに共産主義とそれ以外の国(自由主義、民主主義、資本主義)、との戦いである。日本の戦後教育を考えるとき、いままた現在の教育を考えるとき、深層海流のごとくながれる思想、また無意識に近いほどいに染み込んでしまっている「常識観」を注意深く見る必要があり、戦後教育の60年を徹底研究、徹底反省しなければならない。教育委員会とは、何か?1947年にできた占領下に造られた法律である。日本の教育を振り返るにあたり、日教組の問題以前に、教育委員会を徹底的に振りかえる必要があると思う。この二つの組織の底流に流れるものが、今日の日本の深層に流れる『思想、理念、心情、情緒、こころの動き、行動の規範』となっている。この間、世界はどのようであったのか、日本はどのようであったのか。たとえば、韓国も、北朝鮮も、朝鮮戦争とベトナム戦争では、共産勢力と自由主義勢力に分かれて血を流している。日本は流していない。朝鮮戦争特需ほどではないものの血を流さないで繁栄を謳歌している。しかし、この30年間に大人たちが復興に命がけに働いていたときに、日本の子どもたちは、中国、ソ連、北朝鮮と、韓国アメリカ、ヨーロッパの思想的戦いの真っ只中におかれてきた。国家も、国旗も、国体も無視し知識を詰め込み、目的なき生産性をマスターし、いま、彼らが、日本リードしている。不幸にも、彼ら自身にその意識がないのである。だからこそ、戦後の教育の本質を正確に把握する必要がある。日本の歴史、文化伝統が、決定的に破壊されている。大震災を機に、よみがえった『やまとごころ』を自覚的に教育に復活させなければならない。

2012年1月21日土曜日

あきつ新党の活動の資金の調達

来年の参議院議員選挙では、全国区で戦えるようにします。全国47都道府県で、立候補者を立てる予定です。一人1000万円は、かかります。前回の、東京都での経験でわかりました。あきつ新党としては、40歳以下を原則として公認する予定です。党首が65歳となるが、他は40歳以下のかたに集中させます。本日から、予定者の選定、発見に努めたいと思います。約5億円の資金が最低必要になります。遵法は、当然です。よろしく、ご協力お願い致します。まずは、電話一報ください。090-2281-1544です。現状では、ほぼ、資金はありません。挑戦を始めます。日本を信じてすすめたいと思います。あきつ新党の政治活動費はすべて党費で賄うことを前提としています。情報がここまで、開示された時代です。四段階で、すすめます。一人以上の、国会議員を有すること。地方議員の15パーセントを獲得すること。政権与党の一政党となること。の順です。一党で政権を取るのは、最終段階です。四段階目は、現選挙制度では困難度が大きいと思っています。社会が多様化する中で、日本国として重要なことを優先するとすれば弟三段階でそれなりの目標を達成できると考えます。日本の歴史と文化伝統を守る。です。具体的には靖国神社に参拝する総理の選択です。さらに軍隊の創設。小さな国、困窮の国の人々の飢餓からの解放の優先です。この3つをまずなす政党が、あきつ新党です。多くの困難があろうとも、恵まれた国日本の使命だと考えます。

2012年1月20日金曜日

電力を監督する経済産業省

原子力発電の信頼性が問われている。徹底した開示が『再開するか、はたまた全面的に中止するか』の最低条件である。開示をするだけが重要なのではなく、国民が充分に認識し納得することが重要である。今回電気料金が上がる方向であるが、いいことである。ただ、もっと情報を、わかりやすく開示すべきである。弟三者による、しかも複数の組織に開示を支援させる方策があってしかるべきである。税金を投入してあえて批判的、情報開示に、務めるべきである。批判的、科学的でなければ、国民の理解は進まない。現段階の情報開示、国民認識では原子力発電の再開よりは電力の値上げのほうが良い。原子力発電の再開は慎むべきである。また、、東電の企業責任、株主責任の追求ならびに実行は不十分である。国の責任の反省も不十分である。行政の責任の追求も不十分である。一方、国民は電力の値上げを我慢しなければならない。して頂きたい。電力、エネルギーも、もはや生活の生命線ではない。節約をすればいい。そして、日本には複数の電力会社がある。いずれもが、発送分離をすれば、競争が始まる。『関西電力配送を通じて四国発電の電気を購入する大阪アルミニュームが、ある。』という風に。10の送電会社が競い、10の発電会社が競う。発電も、送電も、重要産業として地域が育てて、相互に競争していくのがいい。独占を許すがゆえに、政治的、行政的利権が生まれる。そして、科学的なことが進まない。社会科学的経営体質も育ちようがない。ただ、原子力に関する研究は全く別次元である。もっとも、重要なことは、原子力爆弾である。日本の防衛中枢は少なくとも、製造能力は既に研究済みであると信じるが、言いかえれば、いざとなれば、最低で4カ月以内に造ることができると信じているが、このことを、国民認識に落とし込むことが、あきつ新党としては重要と考える。武装準備度とでも言える。エネルギー問題も、防衛問題も、国防の問題として、国民に認識して頂くことが、重要とかんがえる。そしてその判断のもととなる、国家意識、愛国心の醸育が重要と考える。

2012年1月14日土曜日

民主社会主義的な傾向の本質

増税のお金が、医療福祉に使われる、人の命を盾にすれば、何だって通る当然である。自民党は真正面からそのことに反対だと臨んでいない。大きな政府派の自民党政治家もたくさんいる。彼らは本来的な増税反対派ではない。小さな政府の考えはなかなか支持を得ることができない。いまや日本人の寿命は90歳を目指さんとしている。さらに医療技術は進んでいる。老人は速く死ね。などと聞こえようものならば政党も、政治家も、一瞬で滅びるであろう。しかし人は死ぬ。この、大問題に政治は取り組まなければならない。75歳からの医療費は全体の半分である。殺さない、死なせないことに、全力をあげれば、85歳以上の医療費が半分になる日は近い。まさに医療技術の進歩で天寿100歳時代がもうすぐである。さて、意味があるのか?植物人間がどんどん増えるとすればどのような倫理観を持つべきか?まさに、人類の課題がほんのそこまで来ている。政治はこの非情なる問題にも取り組まなければならない。おかねがいくらでもあるならば、そして、国がそれでも、栄えるならば、現政権のすすめる民主社会主義的な方針も許されるであろう。いま、25年の低迷をつづける日本の方向は、法人税の減税をすすめ、医療福祉の国家予算を削減することであろう。天寿を全うする技術開発が待たれる。それは医療ではない。いまのままの医療費体系では、国民は医療福祉産業の餌食となると思える。

2012年1月13日金曜日

我々の責任

日本国の国民がすべて同じになるわけではない。我々がまず方向をさだめればいい。あきつ新党は国民の15パーセントの支持を目標とする。そして、一番は靖国神社に参拝するかしないかを最大の指針とする政治行動をとる。時の総理が靖国神社に参拝しないならばまず野党として行動する。参拝するならば与党として行動する。なぜか?いかなる人であれ日本を守るために戦い亡くなった人をしっかり祭っている神社を参拝するかしないかは、日本の歴史文化伝統をなににもまして尊重するかしないかの指標であると考えるゆえである。多くの事柄においてあきつ新党は基本の方針をもつ、たとえば民主主義、自由主義、資本主義をとるが、もっとも譲れないことは天皇を中心、象徴とする日本の歴史文化伝統の護持である。ゆえに他の部分で不一致があろうとも譲歩できるが、この一点は譲歩しない党が、あきつ新党である。先の戦争で中国や朝鮮に迷惑をかけた責任者が祭られているから参拝するとか、参拝しないとかは、欺瞞である。外交の取引に靖国神社を判定につかわれているのであって、その行為に屈しているのである。いいかえれば、日本の歴史文化伝統を否定せよといっているのである。参拝しない真の理由は、ほとんど経済的理由を考慮して屈しているのである。われわれは、そのような総理を選択する政党とは組みしない。真の反省がないとかという論理にくみするものも同様である。さきの戦争に関する日本国の反省がそのことによってはかるような国とは付き合わない方針であればいい。そのことに、そろそろ結論をだすときである。『たえがたきをたえ、しのびがたきをしのんで』ここまで頑張ってきたが、たえすぎて、しのびすぎて、国民が自信と誇りを失うようでは本末転倒である。わずか15パーセントであろうともこのことで日本国の歴史文化伝統を守りきれると信じるるあきつ新党である。まず、第一歩がこれである。軍隊を持つ、憲法を変える。次にこれらをなさねばならない。そして、世界への貢献である。特に、小さな国、あたらしく独立した国、国民が飢えに苦しんでいる国、これらの国への全力での無私の貢献が一番である。幸いにも日本は豊かであるから、また歴史にささえられ発展しているから、これらの国の繁栄に貢献するのは世界、地球、自然への感謝の行動である。あきつ新党はこれを実行する。このように心を定めればおのずと発展はおこるものである。

2012年1月12日木曜日

中途半端な総理はいらない。

伊勢神宮には参拝するが靖国神社には参拝しない。このような中途半端な総理は要らない。日本をリードできるはずがない。あきつ新党はそのように考える。もう、先の戦争の必要以上の誤った反省は要らない。2045年、戦後100年を目指して自信と誇りに溢れる国家、国民になろうではないか!今から始めても、33年しかない。やっと33歳以下の人々が自信と誇りに溢れた国民となるまでである。すべての国民がそうなるには100年かかる。それでも、なさねばならない。昨年の1000年に一回と言われる大震災を機にわれわれは真の自己に気付いたのかもしれない。もう迷うことはない。ときあたかも、世界各国は同時変化期にある。中国、インド、アラブ、欧米、そして、ロシア、ブラジルがあらたな文化圏を構成しつつある。華僑経済圏、ユダヤ経済圏、印僑経済圏もある。日本はそのいずれでもない。いまこそ、日本が世界に役立つ時である。またそうでなければ、日本の繁栄はない。自信と誇りのある日本を再生させる好機である。今日の混迷の原因はあきらかである。さあ、急ごう。日本の歴史文化伝統に根ざした国を出現させようではないか。

民族とは、

民族とは一定の文化的特徴を基準として他と区別される共同体と、なっていて、言語、宗教、生活様式などが文化的特徴の中心にされている。さて、日本民族は、ほぼ一国に集中している。意外と一民族複数国家、あるいは、一国家複数民族が近代国家においては多いものである。そしてほぼ人種が一種である。これまた一民族複数人種もあるのである。さらにほぼ神社・神道を受け入れている。これまた、一宗教複数国家、一宗教ふくすう民族もおおいのである。日本語を読み書きする。これもしかりで、一言語複数国家、一言語複数民族も多い。一方1億3000万人という一民族としては人口が多いほうである。このように日本は珍しい民族であり、まれな、近代国家であるといえる。ほぼ、一民族、一国家、一言語、一宗教、一地域である。しかも神話の時代から2600年の継続である。われわれはもっとこの事実を慎重に扱わねばならない。地勢的に、ユーラシア大陸の端っこの海洋にへばりついている。温帯モンスーン気候で人という生物にとって極めて恵まれた環境にある。適度な季節の変化は対応の技術を必要とし、民族を鍛えた。海の面積を入れれば極めて広大な国土である。また海のおかげか、民族と民族の壮絶な戦争を経験していない。いわば部族の戦いレベルであって、相互絶滅の戦いはなかった。この環境下で育まれた民族性、歴史文化伝統は、まさに世界に例を見ない。主要な近代国家を比べてみれば明らかである。ロシア、アメリカ、イギリス、ドイツ、フランス、イタリア、中国、朝鮮、インド、ブラジル、カナダ、スペイン、メキシコ、タイ、などなど比べるとよくわかる。この日本は、わずか140年ばかり前には近代科学はなかったが、ただちに習得した、しかも全国民が習得するという奇跡的な習得である。おもえば豊臣秀吉は名もなき出自である。400年前においても、天皇の下では皆が平等な機会があたえられていたといえる。勤勉、寛容、礼儀、清潔、は良き伝統であった。1945年、以後の教育を100パーセント見直さなければならない。わずか70年ではあるが、日本をふたたび繁栄に導かんと欲するならば100パーセント見直す覚悟が必要である。民主主義、自由主義、資本主義を単に否定するのではなく、また肯定するのではなく、2600年の成長の歴史文化伝統にただしく照らし合わせて今後の日本の方向を決めていかねばならない。日本が自信と誇りを持って世界に出ていけばいいだけである。そろそろ、先の戦争の反省を完了させようではないか。いつまでも、自己を否定し続ける必要はない。そのことがかえって世界を、隣国を誤った方向に進めるやもしれない。あきつ新党は民族に自信と誇りを持って世界に臨むものである。

2012年1月11日水曜日

国軍について

あきつ新党は、自衛隊を改め、国の軍隊とします。今まさに、富国強兵を図るべきである。
 戦後70年、そろそろ戦後100年の準備にかからねばならない。1868年に近代国家として日本はデビューした。キリスト教を支えとして西洋が、1500年ごろに日本にやってきたが、1600年ごろ徳川幕府は、新しい思想宗教、技術を嫌った。100年におよぶ戦国の不幸を克服すべく内政において築城を禁じた。また新しい技術の政府独占を図ると共に、国民一般の外部との接点をたつことによる世界(国内)統一を図った。いらい270年太平が続くが、欧米の科学技術の驚異的発展による世界支配(帝国主義)の時代を見て、日本は天皇を軸に、国の建て直しを行い、属国にならぬ道を選んだ。そして成功した。国家民主主義、国家自由主義、国家資本主義の本質を見抜き実行した。この三つに成功した国と国がぶつかり覇権を争うことになり、日本はチーム編成(イタリア、ドイツと組む)を間違うと共に、まだ至らない国力に故に、アメリカに負けた。その後、40年近く必死に国力を回復し随分アメリカに近づいた(1985年)。共産主義の危険性に気づいたアメリカは日本を仲間にしソ連、中国、東欧の連合と戦ったので、日本を強化せざるを得なかったことも幸運であった。天皇を有する日本の特性をそれなりに認め、人種民族を超えた連携の可能性をアメリカは確信した。その必死の戦後40年が1985に実ったといえる。ここまでは、実は明治維新の継続といえる。なぜならば、その推進母体といえるリーダー、指導階級はほぼ明治維新の精神の持ち主であった。いいかえれば、戦前の価値観を充分理解した者達であった。 しかるに、その後の者達は国を考えることができない。佐藤栄作までかもしれない。宮沢喜一以後は明らかにだめである。優秀で人物はできていたのか知れないが、やはり時代の子供であったのかもしれない。国士でないのである。経営者に過ぎない。 国家、民族、を担えない者が、勢力均衡の中からうまく泳ぎ総理になった。その以後は、ことごとく均衡総理である。あるいは派閥の、あるいは政党の均衡総理である。だから、靖国神社におまいりすることができない。 1868年から、1945年まで、77年。日本は学びに学び、唯一欧白人以外の人種民族として米列強に並ばんとした。天皇を軸とする2000年の歴史文化伝統のちからである。このことの意味をわからぬものが、国を引っ張っているから国としては栄えない。個人や企業は栄えるものは栄え、栄えないものは栄えない。だが、国は衰える。 いま、この77年を前期維新として捉える。その後の1945年以後1985年までの40年を後期維新と捉える。すなわち昭和天皇が厳然とおられた時代である。そのようにとらえたならば、失われた20年の理解はできる。民主主義、自由主義、資本主義のみを信奉したこの20年、国家がさかえる道理が無い。そして平成23年。この大震災で、示された平成天皇の御心と国民の一体性の確認、敗戦の傷を完全と振り切り、日本の歴史文化伝統を信じ改めて進む時である。日本国の歴史文化伝統のうえに、民主主義と、自由主義と、資本主義を乗せて、あきつ新党は進めようと思う。国家の意識はこの国を守ろうとすることと同体である。だから、自衛隊を国の軍隊とするものである。

yasukuni

2012年1月9日月曜日

お墓参りをするということ。

あるいは一代。あるいは二代。さらに数代と重ねる先祖を祭ろうという国民の国、日本が、世界一栄える国になるのは当然である。日本にたくさんの、無数のといえる大小の古墳があるが今もあるが、これもまた先祖を大切にする現れであろう。日本という国名を使う以前から単に死者を祭るというだけでなく、先祖代々を大切にする考えがあったに違いない。幸いにも豊かな瑞穂の国に生まれた先祖たちはそれに見合った文化伝統を重ね日本を成長させてきた。その本質は先祖の崇拝、尊敬であろう。言い換えれば父母の崇拝、尊敬であろう。日本は2千数百年という連綿とした歴史を持っている。2千数百年の年月は人類の数えうる時間の最長であるといっても過言でない。科学が進み4000年、8000年の遺跡が多々見られるが、今まさに生きていてそのご先祖であるとの実感を持ちながらの、この地において2000年の時間を数えうることは、日本が本当に恵まれている証左ではないだろうか?万世一系の言葉はひとり皇室をさすのみなず、日本の文化伝統をもさすもであろう。いやそのように考えたい。

終戦に終えた、先の戦い、あえて敗戦の言葉を嫌ったわれわれの先輩は、この2千数百年歴史を切断することを嫌ったのであろう。戦争に負けるとは国を滅ぼすことであって、それだけはなんとしても避けたいとの悲痛な思いであろう。ありがたい配慮であった。敗戦の文字を使わず、終戦の言葉をえらんだ力は、文化伝統の知恵である。文化伝統の力である。

この70年、多くの人々の努力で日本の文化伝統は何とか守り通すことができた。さまざまな思想哲学が、終戦とともに怒涛のごとく押し寄せたが天皇を中心とする日本の文化伝統を守り通した。まさにしのびがたきをしのばれて、守りとうされもされたかとご推察しかない。そして改めて崇拝、尊敬、の対象に厳然とあられ、国民の、国の象徴を超えて維新なったかと思う。そして、日本の文化伝統の本当の意味をまさかこの大震災で確認することが出来ようとは誰も思わなかったであろう。いたずらに、吹聴するにはあまりにもおおくの犠牲であるがゆえにはばかられることではあるが、絆や家族という言葉が、あらためて浮かび上がったことはありがたいことである。

いまだ、人類は国をこえる統治の概念や実態を持ちえていない。70億人がすべて国を通じて統治があると思っている。いま、日本国は25年の下降線を、歴史始まって初めてかもしれない長い下降線をたどっているが、いまこそ改めて国を考えるときではないか。

あきつ新党は、民主主義を超え、資本主義を超え、自由主義を超えて、日本の文化伝統の上に、世界に輝く日本を構築し世界に貢献せんとおもう。

危機を前にして

昨年3月11日の大震災は日本に危機をもたらした。そしてまた、危機を乗り越える力が日本には充分備わっていることも気づかせてくれた。危機を乗り越える力は、民主主義でも、自由主義でも、資本主義でもなく、伝統的な絆という言葉に代表されるものだった。

日本は成長をし続けてきた。2000年もの成長を続けてきたが、1985年以後成長にブレーキがかかり、歴史上の危機に差し掛かっていた。25年間も下り続けるなどというのは、日本ではまれなことである。そして反転の兆しが見えない。

このままでは、日本はもっと危なくなる、そんなときに更なる危機が日本を襲った。1000年に一度という天災が厳しく襲い掛かった。津波に襲われた地域を見れば文明にたいする自然の大きさを知らされる。

しかし、また、人間の知恵のすばらしさも発見できる。多くの大きな神社や、仏閣は、実に津波への対応をなしているかのごとく凛として存在している。建立をした場所が、1000年、2000年の経験を生かしているとしか思えない。

2000年の継続する成長を25年も止めたものは何か?このことを踏まえなければ再び成長路線に乗せることはできまい。

それは、日本は天皇を中心と戴くことで、学び来た文化伝統の結果として今日の繁栄があるということだ。
繁栄をもたらすこと、また継続するにおいて日本は天皇を持った。いや、天皇がそれを支えたとしか思えない。
真実はその双方の一体化の中にあったのだろう。

1000年に一度という大天災に遭遇しその危機を乗り越えるのに伝統的価値観が、力となった。

民主主義、自由主義、資本主義の考えは、日本が仏教を学び、儒教をまなび、来たように、充分学ぶのがいい。
しかし、先祖を大切にする、父母を大切にする、生きとしいけるものを、在りとし在りけるものをことごとく大切にする、その明確な現らわれである天皇をしっかりと護持する考えが重要なのではあるまいか。

日本の政治がそのことを高らかに言祝ぐことができなくなったなら、日本の繁栄に影が差すのは自然である。

思えば、日本は仏教を充分学び自分のものとした、儒教も然りである。いま、日本ほど民主主義、自由主義、資本主義を学び実践している国は無いといえるのでは在るまいか。

天皇を戴くが故の、ゆとりや自信がなせる寛容と解せられる。

奇跡のごとく恵まれた大和に生まれたこの国は天皇を戴くことで繁栄してた。

明治維新も、天皇を振り返ることで成し遂げられ、終戦も天皇が行い復興をひらいた、いま大天災にわれわれは日本の真のちからの源に気づいたのである。

復興の自然にわきあがる力は、日本の文化伝統の力である。

日本の今後の繁栄も、数千年に及ぶこの地の文化伝統に根ざさなければ不可能である。
靖国神社の問題も、アメリカ、中国の問題も、若者の問題も、家族のことも、国民のありようも、ことごとくこの一点に帰結する問題である。

あきつ新党は、
日本の天皇を戴く文化伝統を護持発展させ、仏教、儒教、民主主義、自由主義、資本主義をしっかりとまなび、国政に取り組むものです。