2012年1月9日月曜日

お墓参りをするということ。

あるいは一代。あるいは二代。さらに数代と重ねる先祖を祭ろうという国民の国、日本が、世界一栄える国になるのは当然である。日本にたくさんの、無数のといえる大小の古墳があるが今もあるが、これもまた先祖を大切にする現れであろう。日本という国名を使う以前から単に死者を祭るというだけでなく、先祖代々を大切にする考えがあったに違いない。幸いにも豊かな瑞穂の国に生まれた先祖たちはそれに見合った文化伝統を重ね日本を成長させてきた。その本質は先祖の崇拝、尊敬であろう。言い換えれば父母の崇拝、尊敬であろう。日本は2千数百年という連綿とした歴史を持っている。2千数百年の年月は人類の数えうる時間の最長であるといっても過言でない。科学が進み4000年、8000年の遺跡が多々見られるが、今まさに生きていてそのご先祖であるとの実感を持ちながらの、この地において2000年の時間を数えうることは、日本が本当に恵まれている証左ではないだろうか?万世一系の言葉はひとり皇室をさすのみなず、日本の文化伝統をもさすもであろう。いやそのように考えたい。

終戦に終えた、先の戦い、あえて敗戦の言葉を嫌ったわれわれの先輩は、この2千数百年歴史を切断することを嫌ったのであろう。戦争に負けるとは国を滅ぼすことであって、それだけはなんとしても避けたいとの悲痛な思いであろう。ありがたい配慮であった。敗戦の文字を使わず、終戦の言葉をえらんだ力は、文化伝統の知恵である。文化伝統の力である。

この70年、多くの人々の努力で日本の文化伝統は何とか守り通すことができた。さまざまな思想哲学が、終戦とともに怒涛のごとく押し寄せたが天皇を中心とする日本の文化伝統を守り通した。まさにしのびがたきをしのばれて、守りとうされもされたかとご推察しかない。そして改めて崇拝、尊敬、の対象に厳然とあられ、国民の、国の象徴を超えて維新なったかと思う。そして、日本の文化伝統の本当の意味をまさかこの大震災で確認することが出来ようとは誰も思わなかったであろう。いたずらに、吹聴するにはあまりにもおおくの犠牲であるがゆえにはばかられることではあるが、絆や家族という言葉が、あらためて浮かび上がったことはありがたいことである。

いまだ、人類は国をこえる統治の概念や実態を持ちえていない。70億人がすべて国を通じて統治があると思っている。いま、日本国は25年の下降線を、歴史始まって初めてかもしれない長い下降線をたどっているが、いまこそ改めて国を考えるときではないか。

あきつ新党は、民主主義を超え、資本主義を超え、自由主義を超えて、日本の文化伝統の上に、世界に輝く日本を構築し世界に貢献せんとおもう。

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