あきつ新党は、自衛隊を改め、国の軍隊とします。今まさに、富国強兵を図るべきである。
戦後70年、そろそろ戦後100年の準備にかからねばならない。1868年に近代国家として日本はデビューした。キリスト教を支えとして西洋が、1500年ごろに日本にやってきたが、1600年ごろ徳川幕府は、新しい思想宗教、技術を嫌った。100年におよぶ戦国の不幸を克服すべく内政において築城を禁じた。また新しい技術の政府独占を図ると共に、国民一般の外部との接点をたつことによる世界(国内)統一を図った。いらい270年太平が続くが、欧米の科学技術の驚異的発展による世界支配(帝国主義)の時代を見て、日本は天皇を軸に、国の建て直しを行い、属国にならぬ道を選んだ。そして成功した。国家民主主義、国家自由主義、国家資本主義の本質を見抜き実行した。この三つに成功した国と国がぶつかり覇権を争うことになり、日本はチーム編成(イタリア、ドイツと組む)を間違うと共に、まだ至らない国力に故に、アメリカに負けた。その後、40年近く必死に国力を回復し随分アメリカに近づいた(1985年)。共産主義の危険性に気づいたアメリカは日本を仲間にしソ連、中国、東欧の連合と戦ったので、日本を強化せざるを得なかったことも幸運であった。天皇を有する日本の特性をそれなりに認め、人種民族を超えた連携の可能性をアメリカは確信した。その必死の戦後40年が1985に実ったといえる。ここまでは、実は明治維新の継続といえる。なぜならば、その推進母体といえるリーダー、指導階級はほぼ明治維新の精神の持ち主であった。いいかえれば、戦前の価値観を充分理解した者達であった。 しかるに、その後の者達は国を考えることができない。佐藤栄作までかもしれない。宮沢喜一以後は明らかにだめである。優秀で人物はできていたのか知れないが、やはり時代の子供であったのかもしれない。国士でないのである。経営者に過ぎない。 国家、民族、を担えない者が、勢力均衡の中からうまく泳ぎ総理になった。その以後は、ことごとく均衡総理である。あるいは派閥の、あるいは政党の均衡総理である。だから、靖国神社におまいりすることができない。 1868年から、1945年まで、77年。日本は学びに学び、唯一欧白人以外の人種民族として米列強に並ばんとした。天皇を軸とする2000年の歴史文化伝統のちからである。このことの意味をわからぬものが、国を引っ張っているから国としては栄えない。個人や企業は栄えるものは栄え、栄えないものは栄えない。だが、国は衰える。 いま、この77年を前期維新として捉える。その後の1945年以後1985年までの40年を後期維新と捉える。すなわち昭和天皇が厳然とおられた時代である。そのようにとらえたならば、失われた20年の理解はできる。民主主義、自由主義、資本主義のみを信奉したこの20年、国家がさかえる道理が無い。そして平成23年。この大震災で、示された平成天皇の御心と国民の一体性の確認、敗戦の傷を完全と振り切り、日本の歴史文化伝統を信じ改めて進む時である。日本国の歴史文化伝統のうえに、民主主義と、自由主義と、資本主義を乗せて、あきつ新党は進めようと思う。国家の意識はこの国を守ろうとすることと同体である。だから、自衛隊を国の軍隊とするものである。

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