2012年1月9日月曜日

危機を前にして

昨年3月11日の大震災は日本に危機をもたらした。そしてまた、危機を乗り越える力が日本には充分備わっていることも気づかせてくれた。危機を乗り越える力は、民主主義でも、自由主義でも、資本主義でもなく、伝統的な絆という言葉に代表されるものだった。

日本は成長をし続けてきた。2000年もの成長を続けてきたが、1985年以後成長にブレーキがかかり、歴史上の危機に差し掛かっていた。25年間も下り続けるなどというのは、日本ではまれなことである。そして反転の兆しが見えない。

このままでは、日本はもっと危なくなる、そんなときに更なる危機が日本を襲った。1000年に一度という天災が厳しく襲い掛かった。津波に襲われた地域を見れば文明にたいする自然の大きさを知らされる。

しかし、また、人間の知恵のすばらしさも発見できる。多くの大きな神社や、仏閣は、実に津波への対応をなしているかのごとく凛として存在している。建立をした場所が、1000年、2000年の経験を生かしているとしか思えない。

2000年の継続する成長を25年も止めたものは何か?このことを踏まえなければ再び成長路線に乗せることはできまい。

それは、日本は天皇を中心と戴くことで、学び来た文化伝統の結果として今日の繁栄があるということだ。
繁栄をもたらすこと、また継続するにおいて日本は天皇を持った。いや、天皇がそれを支えたとしか思えない。
真実はその双方の一体化の中にあったのだろう。

1000年に一度という大天災に遭遇しその危機を乗り越えるのに伝統的価値観が、力となった。

民主主義、自由主義、資本主義の考えは、日本が仏教を学び、儒教をまなび、来たように、充分学ぶのがいい。
しかし、先祖を大切にする、父母を大切にする、生きとしいけるものを、在りとし在りけるものをことごとく大切にする、その明確な現らわれである天皇をしっかりと護持する考えが重要なのではあるまいか。

日本の政治がそのことを高らかに言祝ぐことができなくなったなら、日本の繁栄に影が差すのは自然である。

思えば、日本は仏教を充分学び自分のものとした、儒教も然りである。いま、日本ほど民主主義、自由主義、資本主義を学び実践している国は無いといえるのでは在るまいか。

天皇を戴くが故の、ゆとりや自信がなせる寛容と解せられる。

奇跡のごとく恵まれた大和に生まれたこの国は天皇を戴くことで繁栄してた。

明治維新も、天皇を振り返ることで成し遂げられ、終戦も天皇が行い復興をひらいた、いま大天災にわれわれは日本の真のちからの源に気づいたのである。

復興の自然にわきあがる力は、日本の文化伝統の力である。

日本の今後の繁栄も、数千年に及ぶこの地の文化伝統に根ざさなければ不可能である。
靖国神社の問題も、アメリカ、中国の問題も、若者の問題も、家族のことも、国民のありようも、ことごとくこの一点に帰結する問題である。

あきつ新党は、
日本の天皇を戴く文化伝統を護持発展させ、仏教、儒教、民主主義、自由主義、資本主義をしっかりとまなび、国政に取り組むものです。

0 件のコメント:

コメントを投稿