2010年3月29日月曜日

かけがえの無いこの国

日本という国は、どのような国なのか?いかにあるのか?いかにあるべきなのか?
 
地球が、狭くなりました。すくなくとも、南極も、北極も、ヒマラヤも、マリアナ海溝も、まったくの未知の世界ではなくなりました。いたるところが、近くなりました。何千年前と比べて、いや、わずか200年まえのいかなる日本人よりも、いまの中学生は地球のことを良く知っています。わずか70年前の日本のトップ層の人たちよりも、いまの高校生のほうが世界の動きを知りうるかも知れません。
 
他の国々ではいかがなのだろうか?韓国では?中国では?カザフスタンでは?トルコでは?スーダンでは?メキシコでは?カンボジアでは?スペインでは?イランでは?
 
おそらくあと10年もすれば、長く見て20年もすれば地球人70億人の国々では、その国の上層部の過半数は、ほぼ同様の知識、情報を持つようになるだろう。
 
科学の力が、圧倒しています。
 
その根本のところは、電気製品、電動機器のちからです。ロボット、テレビ、コンピュータ、通信機器、インターネット、などなどです。生活を快適にする、電気製品、クーラー、暖房機、冷蔵庫、洗濯機、料理機器、などなどは、すててもすてても、生産されることでしょう。
 
無人化、自動化の進展は、千、万、億という単位も、コントロール、管理できるまでに十分なっています。70億人は、大変な数字ですが、一方で大きな数字ではなくなっています。地球が狭くなったようにです。
 
さて、そんな中にあって、
日本はいかにあるのだろう?
日本はいかにあるべきなのだろう?
 
あきつ新党は、『AKITSUISM』、『あきつ主義』を掲げて、新しい政治に挑戦します。
 
本屋さんにいき、しばらく、本を眺め、何冊かを、買い求め、状況を、おおくの先生から、よみ、学ばせていただければ、と思いました。
 
竹中平蔵先生は、すばらしいと思います。先日よんだ、内田樹先生もすばらしいと思います。アンソニー・デキンズ、渡辺聡子両先生もすばらしいと思います。ジェイムス・メイヨ-ル、田所昌明両先生もすばらしいと思います。日下公人先生、桜井よしこ先生は最高でした。
 
一方で、副島隆彦先生の「あと5年で中国が世界を制覇する」という、憂国と新しい国策提案の本もありました。なるほどと、思わされました。三橋貴明先生の「民主党政権で日本経済が危ない!本当の理由」もとても学ばせていただきました。
 
環境の問題、グローバル化の問題、人口の問題、職業労働失業の問題、帝国ナショナリズムの対立問題、宗教対立の問題、貧困の問題、医療福祉の問題、などが主なる事柄でした。
 
税金、所得、子育て、老後、教育、安心安全、福祉は、身近な大課題です。これらは、すべてのかた方が、新聞、テレビ、雑誌、も含めて、重大な問題ととりあげておられます。
 
世界規模では、大きな政府、小さな政府論は、以外に小さく扱われているようで、組織運営技術論的に、終わっているのは、気になりました。
 
大観すると、意外と、世界は、良い方向に進んでいるのではないかとも思いました。
 
超大国間の核戦争問題が表面化していないからかもしれません。
 
エネルギー問題は、原子力発電で、一息ついて大不安からは離れたように見受けられます。
人種問題が、少ないように思いました。差別の根本が無に帰っていっている、すくなくとも解決の方向に確実に、いっぽいっぽだが、進んでいると思いました。
 
南北問題は、資源問題と絡み、また、インド、インドネシアの躍進で、『南北』という問題では、なくなったように思います。新しい、課題に移りつつあるのでしょうが。
 
世界と日本のおおきな状況をとらえたとき、
 
真に、問題を解決するには、日本は、いかにあるべきだろうか?
 
あきつ新党は、『AKITSUIZUM』、『あきつ主義』を掲げて新しい政治に挑戦します。
 
 
1877年6月に、エドワード・S・モースというニューイングランド出身のアメリカ人、動物学、考古学、人類学のお雇い学者が、東京大学にやってくる。守屋毅先生の、紹介によると、日本の文化財行政を導いたフェノロサはモースの誘いで日本に来たそうです。また、モースは北海道から鹿児島まで旅をし、考古学史上の金字塔である大森貝塚の発見と発掘をした人物です。
 
その、モースが、明治維新の10年後の写真を、たくさん取っている。1983年にカラー化され、『百年前の日本・モース・コレクション写真編』として出版され、2005年に普及版が発行されている。
 
そこには、江戸時代の名残が、坂の上の雲の明治が、偽りなく写っている。たくさん写っている、人類学者の目でもある。日本を大好きになって、フェノロサを呼んだものとおもわれる(守屋毅先生記)。ぜひ一見、一読ください。
 
モースのことを書いたのは、江戸時代、270年を見て、『AKITSUISM』の話を始めたいと思ったからです。
 
江戸時代は、海外との交流を、政府が一手に握り、余人には触れさせなかった270年といえるそうです。最近の歴史学では、『鎖国』という表現を避けているほどです。
 
江戸幕府は、刀狩につづく、武装解除、築城制限、さらには、新製品開発許可制ともいえそうな、行政をします。いわば、科学悪役論です。科学が原爆を生むのだから、科学を制限する姿勢です。しかしながら、読み書きを奨励しています。だから、文化や、道徳、哲学、は、発展しています。芸事、粋、俳諧、など、微妙なこころのうごきを、からだの動きとあわせるような、内向性文化も、発展します。モラル、節度、行儀、しつけ、などなど、『治める』、科学は、進んだようです。前述のモースは、その高度な社会モラルには、驚嘆しています。
 
なにしろ、直近、270年戦争なき時代です。武士といわれる高級行政官僚の支配、運営する時代です。その間、ヨーロッパは、戦争に継ぐ戦争です。アメリカは、奴隷による発展です。中国は周辺国との戦争に明け暮れイギリスが来るまで、わが世の春です。1600年から、2000年までの400年の歴史は、1メートル四方の紙に、米粒ぐらいの字で書けば、一望できます。主要国、20箇所ぐらいを、戦争、内乱・革命、条約、統治者で、を色で塗って眺めると、よくわかってきます。
 
直近の100年は、1904年の日露戦争と、1905年のロシア革命が、世界の時代を分けています。その予兆は、1898年の、レーニンによるロシア社会主義労働党の結成にあります。
以後、世界の深海流は、力なきものの団結と、力あるもの連合、の戦いになります。力なきものの団結は、一定の力を蓄えると、おのずとその内部、頂点は、変質し独裁的な姿となり矛盾は、武力による内部、外部へ支配となり、万人の自主性を重んじることによってのみしか施工しない知的情報革命を必然的になす事ができませんでした。
 
力あるものの連合は、独裁に勝利するまで対抗的思想をもち連合内競争を行うことができ自主性を重んじることによってのみ成功する知的情報革命に成功しました。日本は、後半50年そのグループに、前半は、発展途上国的切磋琢磨時代でした。
 
この、400年、直近100年、そして、はじめに、述べた、電気製品、電気機器、自動生産の時代を超えた、いま、そして、平和な直近270年を経験してきた日本。
 
 
あきつ新党は、『AKITSUIZUM』『あきつ主義』を掲げて新しい政治に挑戦します。

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